日本のすばらしい建築物

日本に現存するすばらしい建築物を紹介するブログ

旧前田侯爵邸

こんにちは、ニュースレター作成代行センターの木曽です。

 

東京大学の教養学部で知られる駒場の地に、加賀百万石といわれた日本一の大大名、前田家が昭和初期に構えた大邸宅があります。

 

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今は、区立の駒場公園として開放されていて、都心からほど近い桜の名所として親しまれています。

 

前田家といえば、NHK大河ドラマ「利家とまつ」で知られる尾張出身の武将で、織田信長・豊臣秀吉に仕えて加賀藩主前田家の祖となった前田利家と、賢夫人として知られる正室のまつ(芳春院)で有名です。

 

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旧前田邸が建てられたのは、戦国時代の名将、利家から数えて16代目、利為が当主のときのことです。

 

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前田利為(1885-1942)は、芸術や歴史に造詣の深い文化人として知られる 一方、陸軍の幹部を歴任した軍人でもあり、予備軍に退いていた太平洋戦争初期に、南方戦線のボルネオに駐留する部隊の司令官として召集され、彼の地で戦死したため悲劇の将軍とも称されました。

 

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前田利為侯爵】

 

彼の悲劇は軍人になどなりたくなかったのに、ならざるを得なかった宿命にあります。

 

彼は外交官を夢みていましたが、15歳の時に母の朗子から「前田家の当主は軍人になることを義務づけられている」と説得されて非常に悩みます。

 

この苦悩は終始彼につきまとい、三十代になってもなお、軍人をいつやめよう、転職するなら、今をおいてないとあせり続け、周囲は彼に軍人であることを強要し続けたそうです。

 

軍人の道に進んだとはいえ、幼い頃に培った外国への知的好奇心は終生変わることなく、むしろ軍人たる心構えのよりどころであったようです。

 

陸軍士官学校から陸軍大学校をトップクラスで卒業して軍に入った後もヨーロッパに留学し西欧をまわりパリでは、第一次世界大戦の戦後処理にあたるなど活躍しました。

 

こうした利為の西欧文化への関心と豊富な経験が、駒場の前田家本邸の計画にも色濃く反映されています。

 

構造は鉄筋コンクリート造りの3階建てで地価1階があり、述べ床面積は約3000㎡とさながらオフィスビルのようです。

 

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建物全体のデザインは、チューダー様式と呼ばれる、英国のカントリーハウスで好んで用いられた様式でまとめられています。

 

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【チューダー様式の特徴である扁平アーチ】

 

カントリーハウスとは貴族が郊外に構えた邸宅のことで、16世紀から20世紀にかけて流行しました。

 

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【サウス・サマセット州モンタキュートのモンタキュート・ハウス】

 

利為は、「欧米諸国に歩いて常々残念に思うことは、わが国には外国からの貴賓を迎え得る邸宅がないということ」と語っていたといいます。

 

本場のチューダー様式を適度にアレンジしています。

 

たとえば本来は細かい装飾が見所になる窓まわりは、とてもシンプルで外壁をタイル貼りにする建物というのも欧米ではあまり見られません。

 

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これは、木造やれんが造など伝統的な建築構法に用いられるチューダー様式のデザインを、当時は新しい建設技術だった鉄筋コンクリート造りの建物に上手に組み込む工夫のあらわれで、実は難しい仕事をいかにも自然にこなしているところに建築家のセンスのよさが感じられます。

 

設計の総指揮は東大建築学科の塚本靖博士と、欧州留学から帰国間もない宮内省技師の高橋禎太郎です。

 

施工は竹中工務店(初代社長、竹中藤右衛門)があたり、特に電気関係の施設は当時の最先端をいくものでした。

 

本館のスタイルはイギリス王朝風でイギリスのハンプトン製の家具、イタリアの大理石、フランスの絹織物などが使われ、東西古今の美術品がふんだんに飾られて、個人の邸宅では東洋一と評されたそうです。

 

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建築当初の姿が敷地も含めてよく残り、当時の暮らしぶりを記した利為の長女酒井美意子著「ある華族の昭和史」で、その時代の生活も良くわかります。

 

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少し時間にゆとりをもって当時の侯爵の暮らしに思いをはせたいものです。