日本のすばらしい建築物

日本に現存するすばらしい建築物を紹介するブログ

鳩山会館(旧鳩山一郎邸)

  こんにちは、ニュースレター作成代行センターの木曽です。

 

 今回のすばらしい建築物は、「旧鳩山一郎邸」です。

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別名「音羽御殿」とも呼ばれ、関東大震災後の翌年にあたる大正13年に建築されました。

 

名門鳩山家に相応しい英国風の外観と広大な庭園は、ここを訪れる者全てを都会の雑踏から心地良い「友愛」の世界へ導いてくれます。

 

図面でみる都市建築の大正 (図面でみる都市建築シリーズ)

「友愛」という言葉は鳩山由紀夫元総理の代名詞みたいな所がありますが、元々祖父に当たる鳩山一郎元総理の政治理念の根幹であり、4代続く鳩山家のメンタリーそのものなのです。

 

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鳩山一郎夫妻 1955年2月

東京・文京区音羽の自宅で

 

文京区音羽という地名は、江戸時代に名付けられました。

大奥の奥女中であった「音羽」が、桂昌院(江戸幕府5代将軍綱吉の母)に仕えていたこともあり、護国寺の門前町である土地を与えられました。

そこから音羽という地名になったそうです。

 

江戸時代の音羽は、紙漉き業が盛んだったそうです。

現在は暗渠となってしまいましたが、以前は音羽通りの脇に弦巻川と音羽川(水窪川)が流れており、豊富な水があったことで紙漉きに向いていたようです。

 

明治中期には70軒ほどあった紙漉き家でしたが、洋紙の伝来と共に紙の需要が和紙から洋紙へと変わっていき、水質の悪化なども影響して次第に衰退していきました。

 

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旧鳩山邸も、この音羽通りのビル群を抜けて坂を上った小高い敷地にあり、現在は鳩山会館として公開されています。

 

鳩山一朗(1883-1959)は、衆議院議長や東京専門学校(現早稲田大学)の学長を務めた鳩山和夫の長男として東京に生まれました。

 

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早稲田大学校長時代の鳩山和夫(一郎の父)

 

東京帝国大学を卒業後、弁護士を経て、衆議院議員に当選。

田中義一内閣で内閣書記官長、犬養毅内閣と斎藤實内閣で文部大臣を歴任し、昭和29~31年には内閣総理大臣を務めました。

 

鳩山家といえば、和夫、一郎、威一郎、由紀夫、邦夫と4代5名にわたって著名な政治家を輩出した名門です。

 

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※音羽御殿で孫の由紀夫 (中央) ・邦夫の兄弟とくつろぐ一郎

 

戦後の政治体制を決定づけることとなった自由党(現在の自民党)の創設にかかわる協議や、首相として決断した日ソ国交回復の下準備もここ鳩山邸で行われたといいます。

 

建物の設計者は岡田信一郎。

 

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岡田信一郎(1883-1932)

 

岡田は様式建築の名手として、さまざまな建築様式をこなし、銀座の歌舞伎座や、重要文化財に指定されているお堀端の明治生命館などを手掛けました。

 

鳩山が岡田に設計を頼んだのにはわけがあります。

 

二人は旧制中学以来、一高、東京帝国大学を通じての親友で、彼らのあいだには並々ならぬ友情と信頼があったということなのです。

 

建物の構造は鉄筋コンクリート造りで、屋根裏付きの地下1階、地上2階建てです。

 

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 外観は鉄筋コンクリート造りの躯体にれんがタイル貼りや人造石洗い出し仕上げとなっています。

 

壁は目地を切って石積みに見せ、表面を凸凹にした割肌風に仕上げて石の素材感を出しているのに対し、窓まわりや軒まわりは色味を変えて平滑な仕上げにして、壁面と窓まわりで表現を変えています。

 

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正面の玄関ポーチは、半円アーチにリブヴォールトを交差させ、ロマネスク風の穏やかな雰囲気を漂わせています。

 

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ポーチの上部の壁面からは鹿の頭が飛び出し、その両脇には鳩が2羽います。

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こうした動物の頭部を使う装飾は正統な西洋建築にもありますが、通常は室内装飾だけで、外部に使用するのは珍しく、建築家の遊び心が感じられます。

 

一方、側面側の内玄関のポーチはトスカナ式の柱を2本並べた端正な古典的デザインです。

 

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背後の庭園から眺める外観は最大の見どころです。

 

1階をアーチ、2階を矩形と対比させた広い開口に、枠や桟を白色で統一させた窓を柱間いっぱいに入れているため、随分と軽快な印象を受けます。

 

これは鉄筋コンクリート造りだからこそ実現できる広い開口で、当時最新の構造によるデザインが試みられています。

 

建築内部の見所は、玄関先に設けられたホールに沿って並べられる応接室、居間、食堂の3室で、それぞれ異なった様式でデザインされています。

 

応接室は大理石張りの暖炉を設え、壁に腰高の羽目板を張り、天井は梁型をあらわす重厚なつくりになっています。

 

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濃灰色の大理石の暖炉の両脇にはステンドグラスの入った壁があり、全体として格式張ったデザインです。

 

真ん中の居間は壁を漆喰で明るく塗った上に、蜘蛛の糸に水滴がついたような繊細な装飾が薄く盛り上げられています。

 これはアダムスタイルといい、18世紀のイギリスの建築家ロバート・アダムとその兄弟が創案したものです。

 

 

軽さと明るさと繊細さが信条となっています。

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壁や天井をパステル調の色彩としたり、暖炉まわりに円柱や、壺の浮き彫りを施したりするのもアダムスタイルの特徴です。

 

 鳩山邸は、西欧の様式の規範にのっとった洋館の名にふさわしいたたずまいをもつ一方、自由の象徴である鳩を随所にちりばめるなど、建築家の遊び心を見ることができます。

 

まさに大正期を代表する住宅建築といえます。

 

写真集 幻景の東京―大正・昭和の街と住い