日本のすばらしい建築物

日本に現存するすばらしい建築物を紹介するブログ

旧旭東幼稚園園舎(八角形の遊技場)

こんにちは、ニュースレター作成代行センターの木曽です。

 

岡山県岡山市の中心部より少し離れた静かな場所に、今回ご紹介する建物はあります。


岡山私立中央図書館の隣接地に移築され、今も愛され続けているのは「旧旭東幼稚園園舎(現・八角園舎)」です。

 

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実は、この建物は現存する日本で最も古い幼稚園園舎の一つで、大阪の愛珠幼稚園の園舎と共に国の重要文化財に指定されています。

 

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大阪の愛珠幼稚園

 

重要文化財として幼稚園園舎が指定されたのは、全国初です。

 

そもそも、幼稚園は19世紀前半に活躍したドイツの幼児教育者、フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベルによって、1840年に設立した、幼児のための学校が最初だと言われています。

 

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フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベルの肖像

 

日本では、1872(明治5)年に小学校の一種として「幼稚小学」が規定されますが、当時は小学校を開設することに重点が置かれ、幼稚園のことなど眼中にありませんでした。


そのため、就学前の幼児教育施設までには及ばす、1875年(明治8)年にやっとフレーベル流の幼稚園を模範として京都の小学校に付設されますが1年半ばかりで廃止されることになります。


その翌年9年に東京女子師範学校付属幼稚園が開設され、ようやく幼稚園としての役割を担う施設となっていきました。

 

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幼稚園記

 

そこから、鹿児島、大阪、仙台と広がり、明治から大正初期にかけて幼稚園教育が地方へと展開していくことになります。

 

岡山県といえば、現在では全国学力テストで最下位を争う状態となっていますが、実は、明治時代は教育県といわれ、特に女子教育と幼児教育では全国のさきがけでした。


「女子に学問は不要」の考え方が根強かった明治前期において、女子高が全国18校のうち3校があり、明治20年ごろには、幼稚園も高梁、足守、吉備、井原、笠岡といった地方まで設置されていました。


教育県と呼ばれたきっかけとなったものは、江戸時代に遡ります。


備前国(岡山県)を収めた岡山藩池田光政が1669(寛文9)年に全国初の藩校(藩士の子弟を教育するための学校)を設立します。


その後、世界最古の庶民学校である閑谷学校を開きました。

 

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閑谷学校

 

閑谷学校が特別な意味を持っているのは、岡山の領民だけでなく、他藩藩士も入学を許可していたことです。


また、藩の財政も学校の為に別で管理し、不測の自体でも学校を存続できるようにしていました。

 

江戸時代の岡山県内の寺子屋数は全国3位、私塾数は全国第1位の数となりました。


そして、それが明治時代まで受け継がれて行きます。

 

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寺子屋の様子:江戸時代

 

旧旭東幼稚園園舎は1908(明治41年)6月に竣工した園舎です。


明治初期に洋風建築を木造で表現したものが流行り、当時の最先端のスタイルでした。


そのため、この時代は洋風学校建築物が多く作られ、旧旭東幼稚園園舎もたいへん力が注がれたものでした。


この園舎を設計したのは、江川三郎八です。

 

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江川三郎八


江川は1860(万延元)年に福島県会津若松の出身で、会津藩士の三男として生まれました。


宮大工として修行をしていましたが、1887(明治20)年に、福島県職員として建築技師となります。


福島県にて15年勤務しますが、その間に、山口半六や妻木頼黄という日本屈指の建築家から指導を受けています。


1901(明治34)年には、久留正道から学校建築の指導を受けていますが、これは「小学校設備規則」を受けてのものでした。

 

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山口半六

 

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妻木頼黄


その後、1902(明治35)年より岡山県に転任し、数多くの公共施設や教育・医療施設の設計工事監督を担うことになります。


今でも現存する江川建築は20以上に上りますが、戦災などで資料が失われ不明な点も多い建築家です。

 

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旧遷喬尋常小学校校舎

 

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旧倉敷町役場

絵図で歩く倉敷のまち

 

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旧吹屋尋常高等小学校本館:

2013(平成25)年3月、現高梁市立吹屋小学校が閉校しました。

日本最古の現役木造小学校舎として全国に知られていました。


ちなみに、「小学校設備規則」ですが、明治になると寺子屋から近代教育へと変化する時期でした。


そのため、学校に学びの空間だけではなく、新しい時代を象徴する空間が求められたのです。


それが建物の洋風化という形へと偏っていきました。


細かな規則が無かった為に、その裁量を各都道府県に一任される形となり、どんどんエスカレートしていきます。


急速に、全国で個性を競う擬洋風の校舎が現れ、建築費の高騰や奇抜な設計による構造不備が問題となりました。


ついには、文部省によりきちんとした法整備が行われたという流れとなります。


「小学校設備規則」は日当たりがよいこと、危険ではないこと、道徳上もんだいないこと、衛生的であることといった基本中の基本から教室、体操場、お手洗い、学校備品、校具といったことが定められました。


ただ、どの内容も現代の私たちには普通に感じるものばかりなため、それまでの学校建築がどれだけ贅を尽くしたものか、奇抜であったのかが想像できます。

 

学校建築に力を注いだ山口半六と久留正道の2人が設計した旧東京音楽学校奏楽堂は以前取り上げました。

 

大変すばらしい奏楽堂なので、ぜひご覧頂けたらと思います。

 

旧東京音楽学校奏楽堂 - 日本のすばらしい建築物

 

江川が手掛けた設計には、『江川式建築』と言われる共通の特徴を持っています。


擬洋風木造建築を得意とし、外観デザインはアメリカ風スティック・ススタイルで正面から見ると左右対称のルネッサンス形式を好みました。


スティック・スタイルとは19世紀にアメリカで流行した住宅建築様式で、木骨様式を基調としたものです。


以前とりあげた、旧洋館御休所(新宿御苑内)もスティック・スタイルの建築物でした。

 

旧洋館御休所(新宿御苑内) - 日本のすばらしい建築物

 

それでは、旧旭東幼稚園園舎はどうでしょうか。

 

詳しく見ていきたいと思います。

 

旧旭東幼稚園園舎は、1908(明治41)年の竣工当時、岡山市門田屋敷本町にありました。


現在より中心部に位置し、近くを一級河川である旭川が流れています。


1979(昭和55)年に老朽化のため建て替えを行った際に、解体保存されました。


そして、1998(平成10)年、現在の場所に、当時の記録をもとに照合しながら元の姿に移築復元したものです。


その際、瓦、床板などは新しくなっていますが、建物の土台、柱などは保存していた当時の部材を使用しています。

 

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木造平屋建ての擬洋風建築で、江川式の特徴であるスティック・スタイルとなっています。


中心棟の屋根には、銅板の瓦葺で八角形の小屋根がついています。

 

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中心棟の屋根

 

この屋根は、洋トラスを組み込んでおり、主に橋や建物の小屋組に用いられる様式を取り入れているのも江川式の特徴の一つです。


トラスとは、比較的細い部材でも、それで三角形を構成し互いにピン接合していき、これを1単位として組み立てていくと高さのある大規模な立体的な建物を建設することが可能となっています。

 

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解体時の屋根内部の様子:トラスがうかがえます


基礎は、栗石敷きにモルタルを敷いた基礎の上に、花崗岩の切石を2段に積み上げたものです。


その分建物全体に高さが出ているため、出入口には、先の花崗岩2段分の高さのため階段があります。

 

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基礎:換気孔には、鋳鉄製の金物がはめられていたそうです。
土台の下部にも切り欠きがあり、床下の通気がよくなっています。

 

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玄関

 

瓦葺き屋根のため、屋根はグレーですが、白い板張りに、窓や柱を薄いピンクで塗り分けています。


さすが、幼稚園舎だけあり、たいへん可愛らしい印象をもちます。


(このピンク色は修復の際に塗りなおされたものです。)

 

まず外観で特徴的なのは、窓が多く、さらに上下2段に分かれいるところです。


通常の窓に加えて、その上部にさらに窓枠を設け、より多くの採光が考えられています。


また、その上段の窓がない壁面には、×型の板貼りがありハーフティンバー風のそれは装飾として用いられています。

 

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中央棟:窓が2段になっています。

  

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玄関:窓の上の×型板張り

 

壁面の板張りですが、窓下は縦長の羽目板張りで、窓がない部分の壁面は横長に板を用いた下見板張りとなっています。


この板貼り自体がデザインとして機能し、アメリカの古い建物をイメージさせてくれます。

  

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写真手前:えほんのへや 中央:遊戯室 右奥:展示室

 

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外観壁面部分
縦長:羽目板張り:羽目板張りは板の間に隙間なく、垂直で平らに仕上げる張り方。
横長:下見板張り:板の下端がその下の板の上端に少し重なるように仕上げる張り方。


この建物最大の特徴と言えば、現在の名前の由来となっている正八角形の中心棟です。


通常の目線から外観をみるだけでは、わかりにくいのですが、中心棟から各教室の4棟が四方に張り出ています

 

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解体前の園舎:1979(昭和54)年

 

室内ですが、現在玄関は中心棟から張り出したうちの一つの棟にTの字のように作られています。


玄関を右に曲がると短い廊下があり、事務所となっています。


この廊下がこの建物の唯一の廊下となります。

 

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玄関:内部

 

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廊下


建設当初の間取り図を見ると、玄関の位置が異なります。


現在は旧玄関の位置にトイレが出来き、小使室の部分が玄関と廊下になっています。


また、旧応接室と旧保母室が、現在の事務所となっており、こちらの壁は新しく現代のものに
変わっています。

 

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建設当初の間取り

 

事務所の前を過ぎると、その奥にはぐっと広い空間が現れます。


ここは遊戯室で、ここが先に述べた八角形の中心棟です。


もともと幼稚園であったので、子どもが走り回りのびのびと遊ぶことが出来る空間です。


壁と廊下の接地面の床をみると、この中心棟が八角形であることが簡単にわかります。


一辺が5.46Mとなっています。

 

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遊戯室

 

中心には、柱が一本立っていて、よく見るとこちらの柱も八角形となっています。


しかし、この周囲に沢山の窓や扉を設けた中心棟を支えているにしては細い柱です。


実はこの中央の柱を外しても天井を支えることが出来るように設計されています。


これは、子どもたちの遊戯室として開放的な空間を作るための意匠で、遊戯室内に柱を立てず、窓側の各面に、しっかりと太さのある柱を用いています。

 

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遊戯室:中心柱

 

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窓面を支える柱:8角の角と、1面に2本の柱で支えています。


屋根の梁は、まるで扇を広げたような形で、天井に渡された板も中心から徐々に外側へと長くなっています。

 

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天井:まるで蜘蛛の巣のようです。

 

この遊戯室の魅力は、他の部屋との間に廊下がないため、扉をあけると境界がないところです。


どの部屋からも中央の遊戯室を見ることが可能で、保母の目がたえず行き届くように設計されていて、子どもたちの安心と安全に配慮しています。


室内保育重視型の建物で、明治末から大正期にかけて岡山県で作られた同様の園舎の先駆けでした。

 

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奥が保育室(現えほんのへや)手前が遊戯室:段差がほとんどなくバリヤフリーとなっています。

 

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中央奥の保育室:現えほんのへや

 

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右側保育室:現会議談話室

 

現会議談話室と展示室には、作り付けでお道具入れが40口あります。

 

面白いのは、そのお道具入れの分、外観からみると壁からはみ出ていることです。

 

それがより立体的で、一つのデザインとなっています。

 

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作り付け40口のお道具入れ

 

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外観側面:お道具入れ部分


現えほんのへやは壁側に本棚があるため、道具入れを見ることは出来ませんでしたが、
こちらにもあるのかもしれません。

 

これにより、当時この保育室が40人の教室だったことがわかります。


各部屋の床は、復元工事の際に、あらためて再現されたものですが、この部屋の床材は、解体当時のものを使用しています。


やはり、他よりも痛みはありますが、まだまだ使えるしっかりとしたものです。

 

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会議室:床

 

展示室には、旧旭東幼稚園の歴史的資料、模型、当時の写真等が展示されています。

 

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模型

 

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園舎前にて:卒園時の集合写真 1910(明治43)年

 

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保育室:1916(大正5)年 面白いことに扇形の写真を使用しています。

 

またこちらの展示室には珍しいリードオルガンがあります。


実際に幼稚園で使用されていたものではなく、寄贈されたものですが、現在でも音がなるとのことで数年前には実際に演奏されたそうです。


リードオルガンは、アメリカオルガンともよばれ、明治中期から日本の学校や教会で使用され風琴と呼ばれていました。

 

真鍮製のリードが風に吹かれて鳴る楽器で、ペダルで鞴(ふいご)を動かし、風が吹き出してリードを振動させるものと、風を吸い込む時にリードを振動させるものの2種類があります。

 

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池内製風琴:池内甚三郎制作 明治末~大正初期 
61鍵Fスケール一段手鍵盤 2こストップ 1列61のリード

 

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ペダル部分:池内製と記してあります。

 

遊戯室には、外から直接、遊戯室に入れるように4か所の出入口が設けてあります。

 

この建物が面白いのは、八角形のすべての面が使われているところです。


各面に、保育室・出入口・保育室・出入口・保育室・・という具合に役目を担っているのです。

 

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出入口:観音開きになっており、間口が大変広くなっています。
もちろん出入りできるように、4か所の出入口にはそれぞれ階段が設けられています。


このような八角形の園舎は岡山県下に少なくとも8ヶ所が建てられたようですが他県ではあまりないようです。


やはりそれだけ敷地と費用が必要となるため、多く普及するには無理があったのかもしれません。

 

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倉敷町立倉敷幼稚園(現倉敷市立歴史民俗資料館):1915(大正4)年 1975(昭和50)年解体

 

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現在の様子:1981(昭和56)年に復元

 

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後月群井原小学校付設幼稚園(現井原市立井原幼稚園):1914(大正3)年 1959(昭和34)年改装のため取り壊しされています。

 

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岡山市立清輝小学校付属幼稚園:1909(明治42)年 1945(昭和20)年空襲により焼失。

 

旧旭東幼稚園の外観と室内すべてから感じられることは、木のぬくもりです。

 

天井の梁、中心の柱、窓際の柱、窓の桟、出入口、すべてが真っ直ぐな直線を用い、とても幾何学的・数学的ではありますが、不思議と冷たい印象にはならず、真っ直ぐな子どもに育って欲しいという願いが込められているかのようです。


そして、建設当時では珍しいほどの窓を設けていることで、各部屋すべてにたくさんの光が差し込みとても明るい空間が作られています。


これらの窓ガラスですが、明治から大正にかけて作られた板ガラスがそのまま用いられています。

 

精巧ではなく歪みがありますが、それが職人の手作りの温かみを感じさせ、そこから見える揺らめきがなんとも水の中にいるような不思議な感覚を味あわせてくれます。

 

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ガラスを通して建物をみると、窓の桟や柱が歪んで見ています。


夏は大きな出入口や窓を窓からたくさんの風が入り、冬はたくさんの窓からの日差しで温かいという、子供たちのためを思って細やかに設計されています。


現在でも、毎週0歳から楽しめるイベントを開催しています。


明治に建てられ、現代でもなお子供たちを育て続ける園舎。


愛され続ける園舎にいつか足をお運び頂けたらと思います。